介護BCP訓練で職員が本気にならないのはなぜ?「出来レース」になる3つの理由と、災害時に出る6つの判断のクセ

介護施設の会議室で、ネイビーのポロシャツの職員たちが机上訓練に取り組む様子。女性職員が卓上の平面図に丸いコマを置き、隣の職員が別の部屋を指さし、奥の職員が新しいカードを卓に置いている。全員が真剣に考えて判断している場面。

「訓練をやっても、職員がどこか他人事」「台本どおりに進んで、毎回同じ感想で終わる」——BCPの訓練を担当する方から、いちばんよく聞く悩みです。

結論から言うと、職員が本気にならないのは、意識が低いからではなく、訓練が「本気にならなくても済む設計」になっているからです。答えが最初から分かっていて、判断を誤っても何も起きず、失敗すれば評価が下がる。この条件がそろうと、真面目な職員ほど「無難に正解をなぞる」ようになります。

この記事では、訓練が出来レースになる3つの理由、災害時に誰にでも出る6つの「判断のクセ」、そして自前の訓練でそのクセを浮かび上がらせる5つの工夫を、元自衛官・気象予報士の視点で整理します。最後に、訓練の制度上の位置づけも確認します。

1. 【結論】本気にならないのは「意識」ではなく「設計」の問題

まず結論からお伝えします。

  1. 出来レースになる理由は3つ:答えが分かっている/判断の結果が見えない/失敗が評価になる。どれも職員の意識ではなく、訓練の設計で起きている。
  2. 災害時には、誰にでも6つの判断のクセが出る。訓練の目的は「正解を確認すること」ではなく、「自分たちのクセに気づくこと」に置く。
  3. 自前でもクセは浮かび上がらせられる。状況を小出しにする、結果を卓上で見える形にする、時間で切る、失敗を評価しない、クセの言葉で振り返る、の5つ。

「もっと真剣にやってください」と呼びかけても、訓練の形が変わらなければ結果は変わりません。変えるのは職員ではなく、訓練のほうです。

2. 訓練が「出来レース」になる3つの理由

職員が本気にならない訓練には、共通する3つの構造があります。

理由現場で起きること
① 答えが分かっているシナリオと計画書が事前に配られ、「この場面ではこう動く」が全員に見えている。参加者は考えずに、計画書の段取りを読み上げれば済む。「分からない中で決める」場面が一度も来ない
② 判断の結果が見えない「垂直避難を始めます」と言えば、それで次の場面に進む。避難に何人の手が取られ、その間に何が手薄になったかが見えないため、どの判断も同じ重さに感じられる
③ 失敗が評価になる管理者や上司が見ている前で判断を誤ると、普段の評価に響く気がする。だから迷ったときほど発言を控え、無難な答えを待つ。結果として、本番で迷うはずの場面が記録に残らない

3つのうち、いちばん見落とされやすいのは③です。職員が黙っているのは関心がないからではなく、間違えたくないからです。訓練の場で間違えられない職員は、本番でも迷ったときに声を上げにくくなります。BCPが形だけになる構造そのものは「「介護BCPは作ったけど機能しない」を防ぐ3つのポイント」で整理しています。

3. 災害時に誰にでも出る6つの「判断のクセ」

出来レースの訓練が危ういのは、本番で必ず出る「判断のクセ」が、訓練の中で一度も表に出ないことです。判断のクセは、能力や経験の不足ではありません。平時なら合理的な判断が、非常時には裏目に出る——その誰にでもある傾向を指します。介護施設の災害対応でよく出るのは、次の6つです。

判断のクセ介護施設で起きること
① 時間軸の誤認30分前に「様子を見る」と決めたことを、状況が変わっても見直さない。少し前に正しかった判断が、今は間違いになっている
② 情報の過信・断絶「市から連絡が来るはず」「管理者から指示が来るはず」と待ち、情報が途絶えた瞬間に動けなくなる
③ 複合・連鎖の見落とし地震だけを想定し、停電・断水・火災・職員の不参集が重なる場面を考えていない
④ 正常性バイアス「まだ大丈夫」「前回も何もなかった」と判断し、避難や人手の配分を先送りにする
⑤ 指揮の単一障害点管理者や主任がいないと、誰も決められずに現場が止まる。判断できる人が1人しかいない
⑥ 平時手続きへの固執「上に報告してから」「記録を書いてから」と平時のルールを守り、目の前の対応が遅れる
災害時に誰にでも出る6つの判断のクセを並べた図。①時間軸の誤認(少し前の正しい判断を、状況が変わっても見直さない)、②情報の過信・断絶(連絡が来る前提で待ち、途絶えると動けなくなる)、③複合・連鎖の見落とし(地震だけを想定し、停電・断水・火災の重なりを考えない)、④正常性バイアス(「まだ大丈夫」と判断し、避難や人手の配分を先送りする)、⑤指揮の単一障害点(管理者や主任がいないと、誰も決められず現場が止まる)、⑥平時手続きへの固執(報告や記録を優先し、目の前の対応が遅れる)。下部に「クセは能力不足ではなく、平時なら合理的な判断が非常時に裏目に出ること。訓練の目的は、自分たちのクセに気づくこと」。

▲ 6つのクセは、誰にでも出る。訓練は「正解の確認」ではなく「クセに気づく場」

どのクセも、計画書を読んでいるときには出ません。時間に追われ、情報が足りず、人手が限られた状態で判断したときにだけ表に出ます。言い換えると、参加者が本気になる訓練とは、このクセが出る条件を意図的に作った訓練のことです。

専門家コメント|気象予報士・災害リスク分析の視点

6つのうち、大雨の場面でいちばん命に関わるのは④正常性バイアスと①時間軸の誤認の組み合わせです。大雨の情報は、多くの場合、数時間かけて少しずつ深刻になります。「まだ雨は弱い」「前回の大雨でも浸水しなかった」と様子を見ているうちに、夜になり、道路が冠水し、避難そのものが危険になる。介護施設は要配慮者利用施設ですから、避難を始めるトリガーは警戒レベル3(高齢者等避難)です。訓練では、レベル3が出た時点で「動くかどうか」を判断させ、次のカードで雨が強まった状況を足してください。そこで「さっき動いておけばよかった」と気づく体験が、本番で先送りしないための一番の備えになります。自施設で起きうる状況は、重ねるハザードマップ(国土交通省)で確認できます。

ハザードマップの調べ方は「気象予報士が教える!介護施設の災害リスクの調べ方」で解説しています。

4. 自前の訓練で「判断のクセ」を浮かび上がらせる5つの工夫

ここからは、外部に頼まなくても今日から取り入れられる工夫です。第2章の3つの理由に、それぞれ対応しています。

工夫やり方出やすくなるクセ
① 状況を小出しにするシナリオを事前に配らない。状況付与カードを3枚に分け、時間を進めながら1枚ずつ配る。カードは進行役以外が書き、封筒に入れておく①時間軸の誤認/②情報の過信・断絶
② 結果を卓上で見える形にする動ける職員の数だけマグネットや付箋を用意し、施設の平面図の上で「誰をどこに送るか」を置いて決める。送った先以外は手薄になることが、目で見て分かる③複合・連鎖の見落とし/④正常性バイアス
③ 時間で切る1つの場面は20分で区切り、議論の途中でも次のカードを配る。決めきれなかったことは「未決」として記録する①時間軸の誤認/⑥平時手続きへの固執
④ 失敗を評価しないと宣言する冒頭で「正解探しではない。迷ったこと・決められなかったことが今日の成果」と宣言する。管理者は判断役から外れ、「不在」の設定にする⑤指揮の単一障害点
⑤ クセの言葉で振り返る振り返りで「良かった・悪かった」ではなく、「6つのクセのうち、どれが出たか」を各自が書いてから発言する6つ全部を言葉にできる

特に効果が大きいのは②です。口頭で「避難を始めます」と言うだけでは、その判断の重さが伝わりません。マグネット3個を平面図の上に置き、「2個を避難誘導に回したら、残り1個で医務室と居室を見ることになる」と目で見えた瞬間に、判断の重さが実感に変わります。紙と90分で回す具体的な進め方は「介護BCPの机上訓練を自前でやる手順|紙3枚・90分の進め方」、題材の例は「介護BCP訓練はどう進める?そのまま使えるシナリオ3例」で紹介しています。

専門家コメント|元航空自衛官・危機管理の視点

訓練で一番大切なのは、失敗できる場であることです。訓練でできないことは、本番でもできません。だからこそ、訓練の中で迷い、間違え、「決められなかった」を経験しておく必要があります。訓練で失敗した職員を責めれば、次から職員は無難な答えしか言わなくなり、本番で初めて自分のクセに出会うことになります。もう一つ、私が大事にしてきたのは、リーダーがいなくても現場が止まらないようにしておくことです。訓練で管理者を「不在」にするのは意地悪ではなく、判断できる人を1人でも増やすためです。振り返りでは、誰が間違えたかではなく、「なぜそう判断したか」だけを聞いてください。

判断できる人を増やす組織づくりは「元自衛官が語る「有事に動ける組織」のつくり方」で解説しています。

5. 自前で続けたときの限界と、その先の選択肢

5つの工夫で、自前の訓練は確実に変わります。まずは次の訓練で①と④の2つだけでも試してください。そのうえで、自前で続けると残りやすい限界も正直にお伝えします。

  1. カードを書く人も同じ計画書を知っているため、「想定外」の幅が内輪の想像の範囲に収まる。
  2. 振り返りで「どのクセが出たか」を言葉にするには、進行役がクセの仕組みを説明できる必要がある。慣れるまで、感想の共有で終わりやすい。
  3. 同じ職員で回数を重ねると、参加者が展開を先読みするようになり、判断の負荷が下がっていく。

これらの限界に対しては、進行役を法人内の別事業所と交換する、題材を年度ごとに変える、といった自前の工夫が先です。それでも残る場合の選択肢が、外部の進行役を使うことです。費用の相場と選び方は「介護BCP訓練を外部に頼む費用相場は?自前でやる場合との比較と選び方」で整理しています。

ソラタテでも、この記事で紹介した6つの判断のクセを体験し、振り返りで講師が一つずつ解説する机上訓練ゲーム「アサマデ」(2時間・120分)をご用意しています。研修パートと訓練パートを行い、記録も残る構成です(研修・訓練としてのカウント方法は指定権者へご確認ください)。ただし、自前の工夫を一度試す前に外部に頼むのはおすすめしません。自前で回してみると、自施設でどのクセが出やすいかが見え、外部に何を頼むべきかがはっきりします。

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6. 制度の根拠:訓練の回数と減算の関係

最後に、訓練が制度上どう位置づけられているかを確認しておきます。

訓練の手法は問われないが、組み合わせが求められる

厚生労働省の解釈通知は、訓練について「机上を含めその実施手法は問わないものの、机上及び実地で実施するものを適切に組み合わせながら実施することが適切」としています。この記事で紹介した工夫の多くは実地訓練にも応用できます(②の卓上での配置は机上向きです)。年間のどこかで、安否確認の一斉送信や避難経路の歩行確認などの実地も組み合わせてください。

回数はサービス形態で決まる(研修と訓練は別カウント)

回数区分対象サービス
年2回以上居住系(特定施設・地域密着型特定施設・認知症グループホーム)と施設系(特養・地域密着型特養・老健・介護医療院)
年1回以上訪問系・通所系・居宅介護支援・短期入所(生活/療養)・多機能系(小多機・看多機)

※ 研修は、新規採用時にも別に実施します。施設系・居住系(年2回以上のサービス)では「新規採用時には別に研修を実施すること」、訪問系・通所系など年1回以上のサービスでは「実施することが望ましい」とされています(解釈通知)。

研修と訓練は別々に数えます。短期入所や小規模多機能は「泊まりがある」サービスですが、年1回以上の側です。回数の詳細は「介護BCPの研修・訓練は年に何回必要?」で解説しています。

減算の要件——訓練の未実施は減算の算定要件ではない

業務継続計画未策定減算の減算率は、施設・居住系サービスが所定単位数の3%、その他(訪問系・通所系など)が1%です。減算の対象になるのはBCPが未策定の場合、または必要な措置が実施されていない場合です。研修・訓練の未実施は運営指導の指摘対象になりますが、減算の算定要件には含まれません(令和6年度介護報酬改定Q&A Vol.1)。

経過措置については、BCPの策定・研修・訓練の義務は2024年4月から全サービスで適用されています(居宅療養管理指導のみ、経過措置が2027年3月末まで延長されています)。訪問系サービス・福祉用具貸与等への減算適用の経過措置は2025年3月末で終了し、現在は全面適用されています。居宅療養管理指導と特定福祉用具販売は、業務継続計画未策定減算の対象外です。スケジュールの整理は「介護BCPはいつまでに策定?経過措置の終了時期と減算適用のスケジュール整理」をご覧ください。

注意:「訓練をやらなくても減算にならないなら、形だけでよい」という読み方は誤りです。訓練の未実施は運営指導の指摘対象であり、出来レースの訓練を何回重ねても、本番で判断のクセは出ます。運営指導で見られる点は「介護施設の運営指導でBCPはどこを見られる?」で解説しています。

7. よくある質問(FAQ)

Q1. 訓練に本気にならない職員は、意識が低いのでしょうか?

結論から言うと、多くの場合、意識の問題ではありません。答えが最初から分かっている、判断の結果が見えない、失敗すると評価が下がる——この3つがそろった訓練では、真面目な職員ほど「無難に正解をなぞる」行動を取ります。職員を責める前に、状況を小出しにする、判断の結果を卓上で見える形にする、失敗を評価しないと最初に宣言する、といった訓練の設計を見直すほうが効果的です。

Q2. 判断のクセは、研修で知識として教えれば直りますか?

結論から言うと、知識として知っているだけでは、行動の変化につながるとは限りません。正常性バイアスという言葉を知っている人でも、時間に追われ情報が足りない状況では「まだ大丈夫」と判断しがちです。クセは、実際に判断した後に「なぜそう決めたか」を振り返って初めて自覚できます。研修で6つのクセの名前と仕組みを共有し、訓練で実際に判断させ、振り返りで「どのクセが出たか」を言葉にする、という組み合わせが有効です。研修と訓練の違いは「介護BCPの「研修」と「訓練」は何が違う?」で解説しています。

Q3. 訓練をしていないと、業務継続計画未策定減算の対象になりますか?

結論から言うと、訓練の未実施だけでは減算の対象になりません。減算の対象になるのは、BCPが未策定の場合、または必要な措置が実施されていない場合です。研修・訓練の未実施は運営指導の指摘対象になりますが、減算の算定要件には含まれません(令和6年度介護報酬改定Q&A Vol.1)。減算率は施設・居住系サービスが所定単位数の3%、その他のサービスが1%です。ただし、減算にならないことと、計画が本番で機能することは別の話です。訓練の回数は、年2回以上が居住系・施設系、年1回以上が訪問系・通所系・居宅介護支援・短期入所・多機能系です。

8. おわりに:「本気にさせる」より「本気になる場面」を作る

訓練で職員が本気にならないとき、変えるべきは職員の意識ではなく、訓練の設計です。答えを伏せ、判断の結果を見える形にし、失敗してよい場にする。この3つがそろえば、参加者は呼びかけなくても本気になります。

そして、本気になった訓練の中でだけ、6つの判断のクセが表に出ます。クセが出た訓練は失敗ではありません。本番の前に自分たちのクセに出会えた、いちばん価値のある訓練です。

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主な出典・参考

  • 厚生労働省「指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準について」ほか各サービスの解釈通知(業務継続計画の策定等:研修・訓練の回数、机上及び実地の組み合わせ)
  • 厚生労働省「令和6年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.1)」(業務継続計画未策定減算の要件)
  • 厚生労働省「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」(訓練の位置づけ)
  • 内閣府「避難情報に関するガイドライン」(警戒レベル3 高齢者等避難)
  • 国土交通省「重ねるハザードマップ」

※ 本記事の内容は2026年10月時点の情報です。減算の届出の期限・取扱いは自治体によって異なるため、所管の指定権者にご確認ください。

気象予報士
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元自衛官
西 倫弘(にし ともひろ)
気象予報士・元航空自衛官
航空自衛隊で培った危機管理の実務と、気象予報士としての災害リスク分析を掛け合わせ、介護施設のBCP策定支援と体験型防災研修を提供。「書類で終わらせない、本当に動ける防災」を全国の施設へ届けています。

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