地震のあと、いつ建物に戻ってよい?介護施設の再進入判断と5つの確認
避難訓練では「どう逃げるか」を繰り返し練習します。しかし「いつ戻ってよいか」を訓練している施設は、ほとんどありません。
揺れが収まると、現場には強い力が働きます。利用者を寒い屋外に置いておけない、薬も食事も中にある、車椅子の方を長く外で待たせられない——。どれも切実で、正しい心配です。だからこそ「たぶん大丈夫だろう」で戻ってしまう危険が生まれます。
この記事では、避難したあとに建物へ戻ってよいかをどう判断するかを、応急危険度判定の見方と、戻る前に確認したい5項目に整理して解説します。判断を現場任せにしないための体制づくりまで、元自衛官・気象予報士の視点でお伝えします。
1. 【結論】揺れが収まった=安全、ではない
まず結論からお伝えします。避難後の再進入で欠かせないのは、次の3点です。
- 「確認できた」まで戻らない:見た目に異常がないことと、安全が確認できたことは違う。
- 判断する人を決めておく:現場の善意ではなく、決められた人が決められた基準で判断する。
- 戻れない前提も用意する:戻れない時間が続く場合に、どこで何をするかを決めておく。
避難は「危険から離れる」行動です。これに対して再進入は、危険が残っているかもしれない場所へ、自分から近づく行動です。性質が正反対である以上、判断の慎重さも変える必要があります。
2. なぜ「戻る」が危険なのか(4つのリスク)
建物の中には、揺れが収まった後も次のようなリスクが残ります。
① 余震
気象庁は、大きな地震のあと1週間程度は最初の地震と同程度の揺れに注意するよう呼びかけるのが基本としています。特に発生から2〜3日程度は規模の大きな地震が発生することが多いとされています。「一度大きいのが来たからもう終わり」とは限りません。
② 天井・照明・什器の落下
建物の骨組みが無事でも、天井材・照明・棚・室外機といった非構造部材が落下する危険があります。東日本大震災では、体育館・劇場・商業施設などの大規模建築物を中心に、約2,000件の天井脱落が記録されたとされています(日本建設業協会の報告による)。一度揺すられて緩んだものは、次の揺れで落ちます。
③ ガス漏れ
配管の損傷やガス機器のずれによって、ガスが漏れている可能性があります。臭いに気づかないまま中に入り、電気のスイッチを入れる——これが最も避けたい行動です。
④ 通電火災
停電から復旧して電気が流れ始めたときに起こる火災を通電火災といいます。散乱した室内で電気ストーブに通電して可燃物に着火したり、損傷した配線から火花が出たりすることが原因です。
阪神・淡路大震災では出火原因が特定できたもののうち約6割、東日本大震災では約7割が電気に関係する火災だったとされています。地震火災の主因は「火を使っていたから」ではなく「電気」なのです。
▲ 判定ステッカーの意味と、戻る前の確認5項目
3. 応急危険度判定(赤・黄・緑)の見方
大きな地震のあと、自治体は被災建築物応急危険度判定を実施します。応急危険度判定士が建物を調査し、結果をステッカーで掲示する制度です。目的は、余震による倒壊や、外壁・窓ガラスの落下といった二次災害から人命を守ることにあります。
| ステッカー | 表示 | 意味 |
|---|---|---|
| 赤 | 危険 | 立ち入ることは危険 |
| 黄 | 要注意 | 立ち入る場合は十分注意する |
| 緑 | 調査済 | 使用可能 |
ステッカーは建物の入口など、見やすい場所に掲示されます。自施設の判断より、この判定が優先されると考えてください。
4. 戻る前に確認する5項目
判定を待てない場面や、判定の前に一時的に立ち入る必要が生じる場面もあります。その場合に確認したい項目を整理します。
| 確認項目 | 見るポイント |
|---|---|
| ① 余震の見通し | 気象庁の発表を確認する。1週間程度、特に最初の2〜3日は大きな揺れに注意 |
| ② 建物の損傷 | 柱・壁のひび割れ、建物の傾き、扉や窓の開閉。判定ステッカーの有無 |
| ③ 落下しそうなもの | 天井材・照明器具・棚・室外機。すでに落ちたものだけでなく、落ちかけて残っているものを見る |
| ④ ガス漏れ | ガス臭がしないか。臭いがあれば復帰操作をせず、退避してガス会社へ連絡 |
| ⑤ 電気の安全 | 配線・コンセント・機器の損傷、家電の近くに可燃物がないか。確認してから通電する |
「もう大きいのは来ないだろう」という感覚は、気象・地震の世界では通用しません。気象庁は大きな地震のあと、1週間程度は同程度の揺れに注意するよう呼びかけるのが基本としており、特に最初の2〜3日は規模の大きな地震が起きやすいとされています。再進入を判断するときは、必ず最新の地震活動の見通しを確認してください。「揺れが止まってからどれくらい経ったか」ではなく、「気象庁が何と言っているか」で判断するのが確実です。
5. 誰が「戻ってよい」と判断するのか
この記事でもっともお伝えしたいのが、この点です。
建物に戻る判断が危ういのは、それが「その場にいる人の善意」で下されがちだからです。寒そうにしている利用者を見れば、毛布を取りに戻りたくなります。薬の時間が近づけば、中に入りたくなります。その気持ちは正しいのですが、正しい気持ちが、正しい判断とは限りません。
だからこそ、平時に決めておきます。
① 判断する人を決める:施設長・管理者など、判断する役職を決めておく。不在時の代行順位も決める。
② 判断の基準を決める:「5項目を確認できたら」「判定ステッカーが緑なら」など、確認できる形で書く。
③ 例外を決める:命に関わる物品(吸引器・酸素・薬)を取りに入る場合の手順を、別枠で決めておく。誰が、何人で、何分以内に、どこまで入るか。
安全確認というのは、「危険が見つからなかった」で終わらせてはいけません。「確認できた」と言える状態になって、はじめて完了します。この2つは似ているようで、まったく違います。暗い中で、時間に追われて、ざっと見て何もなかった——それは確認できていない状態です。
そしてもう一つ。再進入の判断を、現場の一人に背負わせないでください。目の前に困っている利用者がいる人が、冷静に「まだ戻れません」と言い続けるのは、とても難しいことです。あらかじめ判断する人と基準を決めておくことは、現場を縛るためではなく、現場を守るためにあります。
6. 戻れないときのために決めておくこと
「戻らない」と判断できる体制をつくるには、戻らなくても済む準備が必要です。ここが用意されていないと、どうしても戻る方向に判断が傾きます。
| 備え | 内容 |
|---|---|
| 屋外・別棟での滞在手段 | 毛布・簡易ベッド・テント・車両。夏は熱中症、冬は低体温症への備え |
| 持ち出し品の事前準備 | 薬・お薬手帳の写し・利用者名簿・連絡先を、すぐ持ち出せる場所に置く |
| 医療機器の代替 | 吸引器・酸素の予備、ポータブル電源。持ち出せる形にしておく |
| 受け入れ先 | 近隣施設・系列施設との相互応援、福祉避難所の場所と連絡先 |
これらは備蓄の置き場所の問題でもあります。すべてを建物の奥にしまっていると、「取りに戻る」以外の選択肢がなくなります。持ち出し用のひとまとめを、出口近くや別棟に分散して置いておくことをおすすめします。
7. よくある質問(FAQ)
Q1. 地震のあと、いつ建物に戻ってよいのですか?
結論から言うと、揺れが収まったことは建物が安全になったことを意味しません。余震の見通し、建物の損傷、天井や什器の落下、ガス漏れ、電気の安全という5つの点を確認したうえで判断します。自治体による応急危険度判定が行われている場合は、その結果(赤=危険、黄=要注意、緑=調査済)に従ってください。判定前で自施設だけでは判断がつかない場合は、戻らない方を選ぶのが原則です。
Q2. 応急危険度判定のステッカーは何を意味しますか?
結論から言うと、余震などによる二次災害を防ぐために、自治体の応急危険度判定士が建物の安全性を調査して掲示するものです。赤(危険)は立ち入ることが危険、黄(要注意)は立ち入る場合に十分な注意が必要、緑(調査済)は使用可能を意味します。なお、これは建物の安全性の判定であり、罹災証明書のための被害認定調査とは目的も実施主体も異なる別の制度です。
Q3. 停電が復旧するときに火災が起きると聞きました。何に注意すればよいですか?
結論から言うと、通電火災への注意が必要です。停電から復旧して電気が流れ始めたとき、散乱した室内で電気ストーブに通電して可燃物へ着火したり、損傷した配線から火花が出たりして火災になります。阪神・淡路大震災では出火原因が特定できたもののうち約6割、東日本大震災では約7割が電気に関係する火災でした。避難する際にはブレーカーを落とし、再び電気を使うときは配線や機器の損傷、家電の近くに可燃物がないかを確認してから通電してください。
8. おわりに:訓練に「戻る判断」を入れる
避難訓練の最後は、たいてい「全員の避難が完了しました」で終わります。次の訓練では、そこからもう5分だけ続けてみてください。
「さて、いつ戻りますか?」「誰が決めますか?」「何を確認してからですか?」——この問いを投げるだけで、多くの施設で答えが出てこないはずです。それが分かることが、この訓練の目的です。
逃げる訓練と同じくらい、戻る訓練が大切です。災害で失われる命は、揺れている最中だけでなく、その後にも失われているからです。
「うちの施設の再進入基準を一緒に作りたい」「戻る判断まで含めた訓練を設計してほしい」——そのようなお悩みがございましたら、ぜひお気軽にご相談ください。気象予報士としての「正確な災害リスク分析」と、元自衛官としての「本当に動ける危機管理ノウハウ」で、御社の体制づくりを支援します。拠点の鹿児島からオンラインで全国対応しています。
主な出典・参考
- 国土交通省・各都道府県「被災建築物応急危険度判定」制度(判定ステッカーの区分と意味)
- 気象庁「地震について(余震・地震活動の見通し)」(大地震後の注意の呼びかけ期間)
- 消防庁および各自治体「通電火災の防止」(阪神・淡路大震災、東日本大震災における電気火災の割合)
- 日本ガス協会・各ガス事業者「マイコンメーターの復帰方法」(地震後のガス復帰手順)
- 文部科学省「学校施設における天井等落下防止対策のための手引」(非構造部材の被害と対策)
- 厚生労働省「介護施設・事業所における業務継続ガイドライン等」
※ 応急危険度判定の実施状況や手順は自治体により異なります。実際の判断にあたっては、所管自治体・ライフライン事業者の最新の案内に従ってください。
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